雅雲すくね

雅雲すくね「ゆでだこ」―連載〈蛸親爺〉第10回

「たーこ、たーこ。たーこ、たーこ、今日も日が暮れるねえ。ゆくりなく川は流る、か」 河原の堤を丈の低い草が覆い、群がる薄が風の吹くまにまにうねりを打って揺れている。夕日に向かっては、雁が群れをなして去る。蛸は土手の腹に寝そべり、そよ吹く風に靡…

雅雲すくね「民衆食堂百万年」―連載〈蛸親爺〉第9回

裏町の短い商店街、民衆食堂と墨で大書きにした暖簾の下では、木枠の入口に曇りガラスをはめ込んで、一枚には仮名で『めし』、一枚には真名で『酒』と派手に書いてある。両脇には大小の植木が鉢も見えぬほどに寄せて置かれているのが、夕日影を受け赤く染ま…

雅雲すくね「白枠に並ぶ」―連載〈蛸親爺〉第8回

駅前のハンバーガー屋の窓ガラスに蛸がへばりついている。窓越しに客の若い男が坐っている。こちらは、盆に敷かれたチラシに目を注いだり、目をつむったりしている。 蛸が窓を叩きだした。若者の眼が蛸を見定めた。口では氷を嚙み砕いている。 「おう、小川…

雅雲すくね「萬屋金亀堂」―連載〈蛸親爺〉第7回

「たーこ、たーこ。たーこ、たーこっと、今日は照り返しがかなわねえ。暑気あたりに効くビール」 土手の上にほのめき立つ陽炎を透かした向こうから、蛸が来る。犬を伴っている。 「わん」と秋田犬が応じる。 「おめえさんも暑くはねえかい」と土手際の店の前…

雅雲すくね「奉納の踊り」―連載〈蛸親爺〉第6回

『カットのみ二千円 親切丁寧』と床屋に出された看板を、着流しのお爺さんが腕を組んで見下ろしている。 商店には軒並に提燈が吊られ、祭囃子が晴れた空へ上がって、浴衣の小さい人が万灯を持って小刻みに駆けて行く。 店先には空の台が出され、脇に鉄板やガ…

雅雲すくね「地下鉄道」―連載〈蛸親爺〉第5話

「たーこたーこ、たーこたーこ」と蛸が午過ぎに町医者の前を行く。 口を絞って手に提げた頭陀袋は、ウイスキー瓶の形に膨らむ。頸には包帯を巻いている。 青年が医院の戸から、短い草のまじる庭の砂利を踏みつつ、開け放たれた門に下って来た。 出たところで…

雅雲すくね「山の奥」―連載〈蛸親爺〉第4話

「たーこたーこ、たーこたーこ」と蛸が午過ぎに町医者の前を行く。 口を絞って手に提げた頭陀袋は、ウイスキー瓶の形に膨らむ。頸には包帯を巻いている。 青年が医院の戸から、短い草のまじる庭の砂利を踏みつつ、開け放たれた門に下って来た。 出たところで…

雅雲すくね「二つ並んだ蛸頭」―連載〈蛸親爺〉第3話

車の音が塊となって響き続ける大通り。銀杏並木の枝に烏がとまって一つなく。乗合バスの停留所に蛸が立つ。 蛸は頭に黒いネクタイを巻き、こめかみから垂らせている。 「たーこたーこ。たーこたーこ。来ねえバスだな。行き先違いのバスばかりだ。日曜日の四…

雅雲すくね連載小説「蛸親爺」第1話、第2話を公開!

「WB」vol.24に掲載し、ひそかに熱く迎えられている雅雲すくね氏による小説「蛸親爺」が、Wasebun on Web上で連載開始! 初回の更新は、2話連続公開です。 ある日突然、蛸になってしまった中年男。これが少女で、イカになったのなら人気者になれたろうに……