雅雲すくね「ゆでだこ」―連載〈蛸親爺〉第10回

「たーこ、たーこ。たーこ、たーこ、今日も日が暮れるねえ。ゆくりなく川は流る、か」
 河原の堤を丈の低い草が覆い、群がる薄が風の吹くまにまにうねりを打って揺れている。夕日に向かっては、雁が群れをなして去る。蛸は土手の腹に寝そべり、そよ吹く風に靡きあう草に隠れる。手にはカップ酒を持ち、カップの縁を嘗めている。
 堤の上を犬が来た。秋田犬である。
「わん」と一吠え。
「おっ、おめえさんかい。こっちに来な」
 犬は堤を駆け下りて、蛸と並んで坐った。蛸より二回りほど大きく見える。
「わん」
「え。何をしているのかって。こうしてな、たまに河や鉄橋をただ眺めていたくなるのよ」
 堤の上の交通は増すが、土手の叢に寝そべる蛸に気のつく者はない。水際には、眉毛の真っ白な爺さんが畳み椅子に坐って、憂いのないけしきで釣り糸を垂れている。
「ほれ、見ろ」と蛸は鉄橋を指した。
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雅雲すくねさんによる〈蛸親爺〉第10回「ゆでだこ」をお届けします。
※この連載は基本的に、毎月更新でお届けします。

雅雲すくね(がうん・すくね)
71年生。「不二山頂滞在記」で第21回早稲田文学新人賞を受賞。脱力系の文章と奇想が魅力。6年以上の冬眠期間を経て、本作の連載開始。