牧田真有子「「個性の目録化、始まる」―連載〈泥棒とイーダ〉第7回
個性提供者第一号として、私はふだん利用しない系統のバスを乗り継いでその街に着いた。待ち合わせ場所は小学校の前だ。土曜日なので校門はとざされている。門扉は塗り替えたばかりらしくきつい水色だった。風が吹くたび黄土色の落ち葉が、乾燥した波のように中庭から打ち寄せて、門扉の下をくぐり抜けてくる。
「勝見亜季さんですよね」
張りのある声に顔を上げると、蔓がモザイク模様の眼鏡をかけた女の人が立っていた。カーキ色のコートにくしゃくしゃの短髪だ。発注者第一号の渡会さんは、離婚歴のある三十代半ばの年長メンバーである。予備校講師で、小学生の娘がいる。会合にはめったに参加しない彼女と、私は面識がなかった。
「はい、大きく丁寧に書きはしますが別にきれいな字ではない、勝見です」
ことわっておかねばと頭の中で準備していたメッセージが転がり出てしまい、脅すような自己紹介になった。渡会さんは大げさに笑った。私は洟をすすった。彼女の住むマンションに向って歩きながら、渡会さんは言った。
「セッちゃんの新しい試み、協力したくてね」
ええ、と頷くべきだったがくしゃみが出た。でもくしゃみくらいの返事が、自分の実感にはふさわしいみたいだ。
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