牧田真有子「「個性の目録化、始まる」―連載〈泥棒とイーダ〉第7回

 個性提供者第一号として、私はふだん利用しない系統のバスを乗り継いでその街に着いた。待ち合わせ場所は小学校の前だ。土曜日なので校門はとざされている。門扉は塗り替えたばかりらしくきつい水色だった。風が吹くたび黄土色の落ち葉が、乾燥した波のように中庭から打ち寄せて、門扉の下をくぐり抜けてくる。
「勝見亜季さんですよね」
 張りのある声に顔を上げると、蔓がモザイク模様の眼鏡をかけた女の人が立っていた。カーキ色のコートにくしゃくしゃの短髪だ。発注者第一号の渡会さんは、離婚歴のある三十代半ばの年長メンバーである。予備校講師で、小学生の娘がいる。会合にはめったに参加しない彼女と、私は面識がなかった。
「はい、大きく丁寧に書きはしますが別にきれいな字ではない、勝見です」
 ことわっておかねばと頭の中で準備していたメッセージが転がり出てしまい、脅すような自己紹介になった。渡会さんは大げさに笑った。私は洟をすすった。彼女の住むマンションに向って歩きながら、渡会さんは言った。
「セッちゃんの新しい試み、協力したくてね」
 ええ、と頷くべきだったがくしゃみが出た。でもくしゃみくらいの返事が、自分の実感にはふさわしいみたいだ。
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 牧田真有子さんによる〈泥棒とイーダ〉第7回「個性の目録化、始まる」をお届けします。


牧田真有子(まきた・まゆこ)
80年生。「椅子」で「文學界」新人賞奨励賞を受けデビュー。人が抱く寄る辺なさと、世界が孕む不確かさを、丁寧にすくいあげ描きとる。主な作品に「夏草無言電話」(「群像」09年5月号)、「予言残像」(「群像」10年6月号)、「今どこ?」(「WB」20号)、「合図」(「早稲田文学記録増刊 震災とフィクションの“距離”」)など。