2013-01-01から1年間の記事一覧

牧田真有子「踏み越えた人たち」―連載〈泥棒とイーダ〉第8回

激しくも繊細に全身でリズムをとりながら、イヤホンからの音楽に陶酔している彼に切り出すのは、つらい仕事だった。 「沼男、すごく言いにくいんだけどリュックの底からお茶ふうのものが流れ出てる。いま流れ終わるとこ」 彼は「おお亜季」と言いながらあわ…

牧田真有子「「個性の目録化、始まる」―連載〈泥棒とイーダ〉第7回

個性提供者第一号として、私はふだん利用しない系統のバスを乗り継いでその街に着いた。待ち合わせ場所は小学校の前だ。土曜日なので校門はとざされている。門扉は塗り替えたばかりらしくきつい水色だった。風が吹くたび黄土色の落ち葉が、乾燥した波のよう…

牧田真有子「彼の見知らぬ顔」―連載〈泥棒とイーダ〉第6回

天へとまっすぐ伸びる竹藪の底に美術館は沈んでいる。平らな屋根の二階建てだ。菱形の壁タイルに不規則にはめ込まれたガラスブロックは透明なのに重たげで、時が静止した館内を隠しているような感じがした。だが一歩内部に入ると、温かくてすみずみまで手入…