牧田真有子「踏み越えた人たち」―連載〈泥棒とイーダ〉第8回
激しくも繊細に全身でリズムをとりながら、イヤホンからの音楽に陶酔している彼に切り出すのは、つらい仕事だった。
「沼男、すごく言いにくいんだけどリュックの底からお茶ふうのものが流れ出てる。いま流れ終わるとこ」
彼は「おお亜季」と言いながらあわただしく荷物を体の前に回し、水筒を取り出しながら覗きこんだ。
「なんと切ねえ。ノートがお茶漬けに」
人が通らないときはひっそりと閉じていそうな裏庭だが、今日は梅が、灯るように咲いていた。以前史乃が私の体操着を沈めた池のふちに、私たちは腰掛けた。沼男のリュックサックの中身を出して水気を切り、拭いた順にふちに並べていく。長いあいだ底に堆積していたらしいプリント類、黒い唇の形のバッジがついた生成りのペンケース、単語帳。通りがかった眠そうな顔の同級生が、経緯を察して「沼男ー、ちゃんと蓋して生きようや」と揶揄した。
「これは草木染めだ! 考えようによっては」
沼男は条件つきで語気を荒げた。
「染色家への道ひらけたな」
同級生は眠そうに笑って、挨拶の類いはなしでぶらぶら歩き出した。
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