雅雲すくね「山の奥」―連載〈蛸親爺〉第4話

「たーこたーこ、たーこたーこ」と蛸が午過ぎに町医者の前を行く。
 口を絞って手に提げた頭陀袋は、ウイスキー瓶の形に膨らむ。頸には包帯を巻いている。
 青年が医院の戸から、短い草のまじる庭の砂利を踏みつつ、開け放たれた門に下って来た。
 出たところで右を向く。蛸には背を向けた形となる。
 蛸が青年に追い縋った。
「いやいや、ちょっと、蛸だよ。蛸。こんにちは。妙な所で会いますなあ。小川さん、どこか患ったのかい」
「僕はアレルギーで」
「ああそう。ありゃ痒いらしいねえ」
「魚介類を生のまま食べるとじんましんが出て、赤く腫れるんです」
「小さい頃からそうなのかい」
「いえ、この間、ぬた膾を食べたら全身にじんましんが出て。お医者さんの言うには、過度のストレスがかかる場合、今まで反応しなかった物でもアレルギー反応が出て、それからはストレスが引いても、アレルギー反応だけが残ることがあるそうです」
「ストレスって何かしてたの」
「ええ、ちよっと合わない所でアルバイトをしていまして」
「おれが蛸になっちまったのもアレルギーかも知れねえな」
「はあ」
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雅雲すくね(がうん・すくね)
71年生。「不二山頂滞在記」で第21回早稲田文学新人賞を受賞。脱力系の文章と奇想が魅力。6年以上の冬眠期間を経て、本作の連載開始。