雅雲すくね「奉納の踊り」―連載〈蛸親爺〉第6回

『カットのみ二千円 親切丁寧』と床屋に出された看板を、着流しのお爺さんが腕を組んで見下ろしている。
 商店には軒並に提燈が吊られ、祭囃子が晴れた空へ上がって、浴衣の小さい人が万灯を持って小刻みに駆けて行く。
 店先には空の台が出され、脇に鉄板やガスボンベが立つ。
 塩漬けの鰹が下がる平屋の軒先では、背広を取った眼鏡の親爺が、綿飴作りに似た筒状の器械の前で、部下の男と話し込んでいる。こちらは粗い縞の背広である。まわりでは、揃いの生壁色のポロシャツを着た若い者が五人立ち、話を聞いている。
「たーこたーこ。たーこたーこ」と蛸は祭囃子に包まれて商店街を行く。
「おう、会長。このあいだは券ありがとな」
「ええ、蛸の旦那。こりゃ、ごきげんですな」
「今日は祭りだね。あとで一杯やりに来るよ。焼き鳥とか出るんでしょ」
「あ、そうそう。ちょうどよかった。時間あるなら、手伝ってもらいたいことがあって。水風船とか射的の店番」
「的屋かい」
「もちろん、日給出しますよ。ほかのバイトと同じ一万円」
「やるやる」と蛸は足を次々と差し挙げる。
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雅雲すくねさんによる〈蛸親爺〉第6回「奉納の踊り」をお届けします。


ある日突然、蛸に変身してしまった親爺。家族に冷たくあしらわれ追い出されて、現在は、月3万円の下宿(蛸壺)暮らし。とはいえ、人間語も喋れるし、我が身の異変を嘆くことはありません。毎日くねくね踊り町を練り歩きながら、何だか楽しそう。
こんかい、親爺が向かうのは商店街のお祭り。くじ引きの番をすることになりました。人の動きの賑々しさと、午前から夕方までの移り変わりが重なって、いい味わいになっています。親爺のもとへやって来る、子どもや老人がとっても愛らしい。
この作品は、現代とちょっと過去の日本が混ざり合ったノスタルジックな世界が魅力のひとつ。そこにさらに奇想のツイストが加わっています。ぜひご一読を。
※この連載は基本的に、毎月更新でお届けします。

雅雲すくね(がうん・すくね)
71年生。「不二山頂滞在記」で第21回早稲田文学新人賞を受賞。脱力系の文章と奇想が魅力。6年以上の冬眠期間を経て、本作の連載開始。