雅雲すくね「白枠に並ぶ」―連載〈蛸親爺〉第8回

 駅前のハンバーガー屋の窓ガラスに蛸がへばりついている。窓越しに客の若い男が坐っている。こちらは、盆に敷かれたチラシに目を注いだり、目をつむったりしている。
 蛸が窓を叩きだした。若者の眼が蛸を見定めた。口では氷を嚙み砕いている。
「おう、小川さん。小川さんじゃねえの。小川さん、小川さんてばよう」と奥に坐る青年に向かって窓を打つ。一本二本、八本まで打って、吸盤をガラスから剥す。また一本ずつ叩く。剥す音がガラスに響く。
 客の男は蛸を見据えたまま立ち上がった。蛸を見据えながら、口には紙コップがある。右手に紙ナプキンをつかんでいる。
「小川さん。何だ、届いてないのか」と蛸は窓ガラスを離れて玄関に廻る。客の男は腰を下ろしてテーブルを拭きだした。
 出入口の自動扉が開いて、蛸が泳ぐ様な恰好で入って来た。
 店はカウンターから始まり、壁に沿ってビニールシートのソファーと、盆に脚をつけた形のテーブルが並ぶ。
 隅の席に青年が納まっている。空の包みを端に寄せ、『図説 暖炉』と題した本の頁を方々繰りながらストローを口に当てている。
「小川さん。小川さん」
「あ、どうもおじさん。こんにちは」
「どうもどうも。さっきから呼んでいたんだけれどね。入って来ちゃった
よ」
「何かありましたか」
つづきをダウンロードgaunsukune08.pdf 直(PDF)

from editor

雅雲すくねさんによる〈蛸親爺〉第8回「白枠に並ぶ」をお届けします。
※この連載は基本的に、毎月更新でお届けします。

雅雲すくね(がうん・すくね)
71年生。「不二山頂滞在記」で第21回早稲田文学新人賞を受賞。脱力系の文章と奇想が魅力。6年以上の冬眠期間を経て、本作の連載開始。