牧田真有子「この向こう側へ」―連載〈泥棒とイーダ〉第4回

 文化祭当日はこれといった理由もなく学校にたどりつけなかった。イベントの一環として美術部がワークショップを行うとかで、部員である史乃とは顔を合わさずに済む日だったのだが、私の自転車はくねくねと遠回りをつづけた挙句、あらぬ方角へ走り去った。十一月も後半だというのに夏のように蒸し暑かった。私がファミリーレストランでざるそばを啜っていたその真昼、沼男は飛び入り参加した演劇部の舞台で喝采を浴びていたらしい。棒読みすぎて大迫力だった、あれほど文化祭を謳歌した人もいまい、とチカが翌日私に教えてくれた。女子からの人気もうなぎのぼりらしいよ。彼女は可笑しそうにそう付け加えた。
 担任が「話し合いましょうか」と小声で誘ってきたのはその二、三日後の放課後だった。
 学期末に行われる個人面談と同じ体裁で、縦に連ねた二つの机を挟んで差し向かいに座った。電灯は消されたままだ。教室は薄茶色い光の底にあった。柿森先生は机の上で両手の指を軽く組み合わせていた。ジャケットの袖の折り返しに長い列車の模様がプリントされている。おとなしいがおどおどしたところがなく、どこへだって一人で行ってしまいそうな彼女に、よく似合っていた。彼女は言った。
「勝見さんは長村さんのことどう思ってるの? 自ら望んで彼女の言いなりになってるように見えるけど」
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牧田真有子さんによる〈泥棒とイーダ〉第4回「この向こう側へ」をお届けします。


 勝見亜季は高校1年生。あるとき以来、クラスメイトの長村史乃から執拗な攻撃をうけていた。そのきっかけは、中学生のころに起きた事件。ひとりの少年の手によって、クラス全員が参加するゲームとしてのいじめが行われたのだ。
 一方、命の恩人・佐原さんとの関係は曖昧なまま。亜季のわがままをきいてくれるものの、彼の真意はわからなかった。佐原さんの家で語られた過去によって、むしろすれ違いを感じてしまう。
 全部がよそよそしく感じられるなか、亜季は選択の時を迎える――。
※この連載は基本的に、隔月でお届けします。

牧田真有子(まきた・まゆこ)
80年生。「椅子」で「文學界」新人賞奨励賞を受けデビュー。人が抱く寄る辺なさと、世界が孕む不確かさを、丁寧にすくいあげ描きとる。主な作品に「夏草無言電話」(「群像」09年5月号)、「予言残像」(「群像」10年6月号)、「今どこ?」(「WB」20号)、「合図」(「早稲田文学記録増刊 震災とフィクションの“距離”」)など。